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    タグ:映画

    『南極物語』の画面いろいろ

    南極物語』(なんきょくものがたり、英: ANTARCTICA)は、1983年の日本映画。南極観測隊の苦難とそり犬たちの悲劇を描いている。 南極大陸に残された兄弟犬タロとジロと越冬隊員が1年後に再会する実話を元に創作を交え、北極ロケを中心に少人数での南極ロケも実施し、撮影期間3年余をかけ描いた大作映画である。
    39キロバイト (5,704 語) - 2022年1月10日 (月) 08:14


    ◆南極物語・涙なしでは、語れない!
        ありがとう!
           タロ、ジロ。

    【【画面】涙と生きる希望!『南極物語』】の続きを読む


    1956年(昭和31年)1月、稚内市にて風連クマ、クロの子として生まれ、タロジロ・サブロの3兄弟だった。名前は当時南極観測隊用に樺太犬を集めていた犬飼哲夫北海道大学教授によって名付けられた。この名前は白瀬矗南極探検際、犬ぞり先導犬として活躍した樺太犬、タロとジロ(「タロとジロウ」、あるいは「タロとジロー」とも)にちなむ。
    21キロバイト (3,483 語) - 2021年6月15日 (火) 03:10


    タロとジロの生存が確認された日。

    1959年(昭和34年)1月14日、南極観測船「宗谷」から飛び立ったヘリコプターが南極の昭和基地に着いた時、南極観測隊に同行し、前年に置き去りにされた15頭のカラフト犬のうちタロとジロの2頭が生きているのが発見された。

    この出来事は映画『南極物語』にもなり、後世に残そうと記念日が制定された。

    この日は「タロとジロの日」または「愛と希望と勇気の日」と呼ばれる。

    生きることへの希望と愛することを忘れないための日とされる。

    ジロは1960年(昭和35年)7月9日、昭和基地にて5歳で病死。ジロの剥製は東京・上野の国立科学博物館に置かれていた。

    タロは1961年(昭和36年)5月4日に4年半振りに日本に帰国。その後、札幌市の北海道大学植物園で飼育され、1970年(昭和45年)8月11日に老衰のため14歳7ヵ月で没。

    1983年(昭和58年)、タロとジロの生存劇を描いた映画『南極物語』が制作され、翌年公開された。

    この映画の影響もあり、タロとジロの剥製を一緒にさせてあげようという運動が起き、国立科学博物館の特別展などでタロとジロの剥製が共に展示された。

    愛知県名古屋市港区のガーデンふ頭には、上の画像のようにタロとジロの銅像が建立された。

    このふ頭には南極観測船「ふじ」のプロペラや実際に活躍した雪上車なども展示されている。

    また、1957年(昭和32年)に昭和基地を開設してから2007年(平成19年)で50周年を迎えるにあたり、造幣局より南極地域観測50周年を記念した500円硬貨が発行された。

    その硬貨の表面にはタロとジロ、南極観測船「宗谷」が、裏面には南極大陸の地図が描かれている。

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    『未知との遭遇』の画像いろいろ

    未知との遭遇』(みちとのそうぐう、Close Encounters of the Third Kind)は、1977年に公開されたアメリカ映画。世界各地で発生するUFO遭遇事件、最後に果たされる人類宇宙人コンタクトを描いた。 スーパーバイザーを務めたは、元アメリカ空軍UFO研究部顧問
    23キロバイト (2,409 語) - 2021年8月21日 (土) 13:04


    スティーブン・スピルバーグ監督はこの映画製作中に既に、続編を考えていたとか、、。それが【映画ET】だった事は、後になってわかった。

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    E.T. (カテゴリ スティーヴン・スピルバーグ監督映画)
    『E.T.』(イーティー、原題: E.T. The Extra-Terrestrial)は、1982年アメリカSF映画。製作・監督はスティーヴン・スピルバーグ、脚本はメリッサ・マシスンが務め、ディー・ウォレス、ヘンリー・トーマス、ピーター・コヨーテ、ロバー
    77キロバイト (9,540 語) - 2021年11月29日 (月) 14:07


    1982年(昭和57年)12月4日、アメリカのSF映画『E.T.』(イーティー)が日本で公開された。

    監督・製作はスティーヴン・スピルバーグ(Steven Spielberg)

    約1000万ドルという予算で製作されたが、観客は1000万人を突破し、アメリカ国内だけでおよそ3億ドルという当時の映画史上、最大の興行収入を記録した。

    全世界では1993年(平成5年)公開の『ジュラシック・パーク』、日本では1997年(平成9年)公開の『もののけ姫』に抜かれるまで、映画の配給収入の歴代1位であった。

    なお、「E.T.」は「Extra-Terrestrial」の略で「地球外生命体」のことである。

    公開から20年を経た2002年(平成14年)には、パペットや着ぐるみの人形で作られたE.T.を最新技術のCGで作り直し、幾つかの場面を修正および追加した『E.T. 20周年アニバーサリー特別版』が公開され、全世界で約6800万ドルの興行収入を記録した。

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    映画の日(えいがひ)は、1896年に神戸市において日本で初めて映画が一般公開されたを記念して、1956年に日本映画連合会(現・日本映画製作者連盟)が制定した記念。 この日は、日本映画各団体が、多年にわたり日本映画に貢献してきた人々へ記念式典や上映会とトークショー、映画入場料割引などの事業を行っている。
    8キロバイト (1,301 語) - 2019年10月1日 (火) 03:52


    東京都中央区日本橋に事務局を置き、映画文化や映画芸術、映画産業の発展を図ることを目的に活動する一般社団法人・映画産業団体連合会(映団連)が1956年(昭和31年)に制定。

    1896年(明治29年)11月25日~12月1日、神戸の神戸倶楽部において日本初の映画の一般公開が実施された。

    この会期中できりの良い日の12月1日を記念日とした。

    記念日は映画の一般公開60周年を記念したものであり、日本における初めての映画の有料公開という「映画産業発祥」を記念した日でもある。

    この日に公開された映画は、今日のスクリーンに映写されるタイプではなく、1人ずつ覗き込んで観るタイプの「キネトスコープ」(Kinetoscope)と呼ばれるもので、アメリカの発明家トーマス・エジソン(Thomas Edison、1847~1931年)により発明されたものである。

    映画を劇場で観ることの魅力をより多くの人に知ってもらうことが目的。この日には、日本映画界の各団体によって、多年にわたり日本映画に貢献してきた人の表彰や、記念式典、上映会、トークショー、映画館の入場料割引などの関連事業が行われる。

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