知☆得!納得!ネタ祭り

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      タグ:理由


      ◆タッチパネルが反応する仕組み

      スマートフォンなどに採用されているタッチパネルは、少し触っただけで反応する。

      その仕組みを簡単に確認してみる。今では生活に欠かせないスマホだが、そのスマホを操作するためにタッチパネルがある。

      タッチパネルは指で少し触っただけで反応するが、これは指で触れた時に微弱な電流が流れているためである。この状態は指が少し感電しているとも言える。

      タッチパネルはその構造からいくつかの種類に分けられ、多くのスマホは「静電容量方式」と呼ばれる方法を採用している。

      その他に、指の圧力で反応する「抵抗膜方式」や赤外線を利用した「赤外線方式」などがある。抵抗膜方式は誤作動が少なく、銀行のATMやレジの画面などに採用されている。

      スマホに採用されている静電容量方式では、基本的な仕組みとして、タッチパネルの上に施されたコンデンサの容量の変化を感知している。

      タッチパネルの表面は常に静電気が溜まっていて、指で触れるとこの静電気が体に流れ、これにより触ったことを判別している。

      スマホの電源を入れるとタッチパネルが起動し、タッチパネルの表面に静電気が溜まった状態になる。人間の体は成人で約60%が水分であり、人体は電気を通しやすい性質がある。

      そのため、起動して表面に静電気が溜まったタッチパネルを触ると、指から体に静電気が流れる。

      この電気の流れをスマホ内部のセンサーが感知して、指が画面のどの位置を触ったかを特定している。この時に流れる電気の量はごく僅かであり、人体には影響がない。

      なお、年を重ねるとタッチパネルが反応しにくいという声がある。これは老化による手の乾燥が原因で、電気が流れにくくなっている場合がある。また、同様の理由で、湿度が低く手が乾燥しやすい冬場は、タッチパネルが反応しにくい傾向にある。



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      🤔お台場が3区に分割している理由

      東京のレインボーブリッジを渡ったところにある「お台場(おだいば)」は、東京都の港区・品川区・江東区の3区から成る。

      お台場は東京を代表する観光地として有名であるが、「お台場」は地域名であり、「台場」は港区の町名となる。お台場は、もともと海上の砲台があった場所であり、「大砲をのせる台」という意味である。

      1853年(嘉永6年)にアメリカからマシュー・ペリー提督(Matthew Perry、1794~1858年)が艦隊を率いて鎖国をしていた日本へ来航し、幕府に開国の要求を迫った。これをきっかけとして、品川沖に海上砲台が建設された。

      「お台場」は正式には「東京臨海副都心」と呼ばれる地域で、1979年(昭和54年)に人工の埋立が完成した。当時、その土地は「13号地」と呼ばれ、激しい土地の争奪戦が起きていた。

      13号地の工事の際、資材は江東区の道路を通って運ばれ、同区の住民に迷惑をかけたという事実がある。江東区の主張としては、埋立工事に全面的に協力したことである。

      一方、お台場の北部には港区の町である台場がある。そして、砲台があった場所に台場公園があり、この公園は港区の管轄である。また、品川区と13号地は海岸道路という海底トンネルで繋がっている。

      このように港区・品川区・江東区の3区それぞれの主張があり、3区は相互に退かなかった。この問題が解決したのは、13号地の完成から3年後の1982年(昭和57年)のことである。

      港区と品川区は13号地の一部を獲得する形となり、お台場の北部が港区、西部が品川区となった。そして、残りの南部の土地が江東区となった。このような経緯で、お台場は現在のように3区で分割されている。

      ちなみに、「お台場」の「お」にも意味があり、徳川幕府の土地であったことから敬意を表すために「御(お)」が付けられる。

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      明治紀念之標(めいじきねんのひょう)は1880年(明治13年)に建立された、石川県金沢市の兼六園内にある日本で最初の西洋式銅像。

      1877年(明治10年)の西南戦争戦没者の慰霊のために建設された。

      自然石を積み上げ、その上に九州熊襲を討伐したとされる日本武尊の像を置いている。

      石積の部分には「ナメクジ、蛇、ヒキガエル」の形の岩があり、三すくみが表現されている。

      一般的に屋外にある銅像には鳥が止まるイメージがあるが、金沢の兼六園(けんろくえん)には鳥が寄り付かない不思議な銅像がある。

      石川県金沢市にある日本庭園「兼六園」には、1877年(明治10年)に起きた西南戦争における石川県出身の戦没者約400名の慰霊のために建設された「明治紀念之標(めいじきねんのひょう)」という記念碑がある。

      中央には身長5.5mの日本武尊(やまとたけるのみこと)像があり、これは日本で最初の屋外人物の銅像とされている。この日本武尊像には「鳥が寄り付かない」という逸話があり、実際にハトなどの鳥は全く近付かない。
      これには科学的な理由が存在し、金沢大学教授の廣瀬幸雄(ひろせ ゆきお)の「ハトを寄せ付けない銅像の科学的研究」の結果、銅像には多くのヒ素が含まれていることが判明した。

      ヒ素とは、毒性が非常に強く、摂取すると死に至る場合もある危険な物質である。銅像が建立されたのは1880年(明治13年)のことであり、当時は加工技術がまだ発達していなかった。そこで、ヒ素などを混ぜ合わせ銅を溶けやすくして加工した。

      そのため、この像は一般的な銅像に比べて高い濃度のヒ素を含んでいる。このヒ素が銅と反応して電磁波が発生し、偶然にも鳥が寄り付かず、鳥のフンの被害も受けない銅像となった。

      ちなみに、上記のような研究を行った廣瀬教授は「鳥を寄せ付けない合金」も開発しており、2003年(平成15年)にはこの銅像の研究によりイグノーベル賞の化学賞を受賞した。
      👉1988年(昭和63年)の修復作業の折、銅像の成分を調べた結果、ヒ素が15パーセント含まれていることが判明しており、それが原因ではないかと推察している。

      ◆ヒ素の毒性
      単体ヒ素およびほとんどのヒ素化合物は、人体に対して非常に有害である。
      特に化合物は毒性の強い物が多い。また、単体ヒ素はかつては無毒もしくは弱毒とされていたが、現在ではかなりの猛毒であることが確認されている。

      ヒ素およびヒ素化合物は WHOの下部機関IARCより発癌性がある(Type1)と勧告されている(後述)。
      飲み込んだ際の急性症状は、消化管の刺激によって、吐き気、嘔吐、下痢、激しい腹痛などがみられ、ショック状態から死亡する。
      多量に摂取すると、嘔吐、腹痛、口渇、下痢、浮腫、充血、着色、角化などの症状を引き起こす。
      慢性症状は、剥離性の皮膚炎や過度の色素沈着、骨髄障害、末梢性神経炎、黄疸、腎不全など。

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      👉早見あかり 
      そもそもアイドルには向いていないと思っていたという早見。
      「ファンの人が求めている100点の答えを頭では分かるのに言いたくなかったとか、アイドルって“好きだよ”って言ってもらったら“私も好きだよ!”って言ってあげるのが本当は100点。
      私は“じゃあ、他の子応援するね!”って言われたら“いってらっしゃい!”って言っちゃう。
      他のメンバーが頭で考えなくても100点を出せる子たちなんです。ピュアなんですよね」とした。
      ももクロ時代は「体力的にはしんどかったと思う」と回顧。
      「8人乗りのワゴン車で6人とスタッフさん2人で地方まで行って、遠くだと九州とかまで行って、スーパー銭湯に入って、お風呂入って、ライブ出る!みたいな」と苦笑した。


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      全く意識していないけれども、自分のプレゼンの映像を見ると話の間に「えっと」や「あのー」を多用している。

      🤔会話の中で「あのー」が多いと指摘された。こんな経験がある人は多いのではないでしょうか。

      🤔「え~と」「あの~」
      と言う理由は?

      会話の合間や質問されて考える間に、人は「え~と」や「あの~」と言ってしまう。

      無言の間を作らないようにするのには理由がある。

      👉「え~と」や「あの~」「その~」「まあ…」「あのね…」などの言葉は、言葉が出てきにくい時にその場をつなぐための言葉である。
      これらの言葉を言ってしまうのは、自分の発言権をキープするためである。

      これらの言葉は、満たす・埋めるという意味の英語「fill」に由来して「filler」(フィラー)と呼ばれる。
      フィラーは他の人にしゃべられてしまうのを避ける働きがある。
      例えば、質問をされた時、「え~と…」と言うことで自分がまだ考えていることをアピールしている。
      そして、その間は周囲の人が黙り、自分の発言権をキープできる。このフィラーを巧みに使った人として、昭和時代の第64-65代内閣総理大臣・田中角栄(たなか かくえい、1918~1993年)が挙げられる。

      田中角栄は、演説において聴衆の集中が途切れそうな時に、もう一度注目を引き付けるテクニックとして、「まあ その~」などの言葉を使ったとされる。
      また、誰にでも分かりやすい言葉で語り続け、庶民の共感と理解を得て、国民的な人気を誇った。

      私たちも日常の会話の中で無意識に使っているフィラーだが、その中でも「え~と」と「あの~」が最も多く使用される。
      この二つには使い方の違いがあり、「え~と」は深く考えている時で、記憶やエピソード、単語を頭の中で検索する時に主に使われる。

      一方、「あの~」は言いたいことは決まっているが、どう表現するか考えている時に使われる。



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